5544 白州灯台 
初点:明治6年9月

読み:シラス 場所:北九州市小倉北区

  幕末、西国一の海の難所と呼ばれた馬関海峡(現関門海峡)の西、、白砂の州に庄屋「岩松助左衛門」が
海難事故防止のため私財を投げうって建設に着手した灯台です。幕末から時は移り明治3年、多くの苦難を
乗り越え灯台の基礎工事が完成し、その後事業の重要性から灯台建設は明治政府に引き継がれました。
岩松助左衛門が灯台建設の悲願を持って立ち上がった時から11年の歳月を経て、明治6年9月に完成初点灯を
むかえています。(当初は木造3層構造・高さ48尺5寸15メートル弱)
明治政府に事業が移った明治5年4月、岩松助左衛門は灯台の完成を見ることなくこの世を去っています。

響灘エコフロンティアパークから望む白州灯台はとても小さく、カメラのピントを合わせるのも難しいのですが、
もしかしたらこの灯台の持つ歴史と、先人への畏敬の念がそうさせるのかもしれません。これまで幾人の船人が
白州灯台の灯りに安堵の思いを持ったことか、灯台が命の導きを果たしてきたことか・・・
灯台の原点に立ち返るとともに、たとえて人の有り様を改めて教えられる灯台です。

明治33年に現在の下部石造、上部鉄骨造に改修され、響灘の青海の中、100有余年の歴史を刻んでいます。

-日本の灯台50選-

(蛇足ながら、白州灯台は大分むぎ焼酎 二階堂のCM「詩人の島」編に使われています、興味のあられる方は
YouTube等でご覧下さい)

 

 

響灘エコフロンティアパークから 中央の島は山口県、蓋井島




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